紅葉旅行☆前編(南禅寺~比叡山延暦寺)2005.11.14 †11月12日(土)・13日(日)は、紅葉巡りに行ってきました。 京都・滋賀県にあるお寺巡り。 結論から言うと...紅葉にはちょいと早かった。 もう1~2週間位あとがいいんじゃないかって感じました。 何より観光客が多かった...ま、土日だしね。 人・ひと・ヒト...人だらけ...(笑) 紅葉にはちょいと早かったが、歴史に触れることのできる旅行だったので満足したヨ。 以下、簡単な旅行メモです。(*参考:記載がなければ...旅行パンフ、チケット裏、ガイドの説明、お寺のHP...等) ■南禅寺 †・臨済宗南禅寺派の大本山。 ・1291年、亀山法皇が無関普門禅師(大明国師)を開山に迎えて開創された。 ・京都五山の上位という格式の高さを誇っていた。 ・五山文学の中心地として栄えた。 (1)南禅寺の三門 南禅寺の三門は、天下竜門と号し、上層の楼を五鳳楼という。 歌舞伎『楼門五三桐』で、石川五右衛門が『絶景かな絶景かな』と大見得を切る舞台として有名。 日本三大門の一つ。 ○上層の楼から見た景色 『絶景かな絶景かな...』...と、独りつぶやく...(笑) あまりにも観光客が多いので、声に出すのが恥ずかしい...(笑) (2)南禅寺・紅葉 紅葉見物には...ちょっと早かったね... 今年はあたたかさが続いてたから、例年よりも遅いようだ。 (3)疏水(そすい) 西洋風のモノだが、不思議とまわりの風景にマッチしており、違和感を感じなかった。 ■比叡山延暦寺 †・比叡山の標高:848m ・“伝教大師・最澄”が開いた天台宗の総本山(世界文化遺産でもある) ・日本三大霊山の一つとされる。(他、高野山・恐山) ・比叡山は大きく(東塔・西塔・横川)の地域に分けられ、これらを総称して比叡山延暦寺という。 →つまり比叡山にある寺院全体で延暦寺(どっか一箇所を指していうのではない) ・鎌倉時代に、法然、栄西、親鸞、道元、日蓮等の祖師方が修行された地でもある。 ちなみに今回は“東塔”を中心に拝礼した。 (1)大講堂 ・それぞれの一宗を開かれたお祖師像が安置されている。 (2)文殊楼 ・根本中堂の東側にある。 ・慈覚大師円仁が中国五台山の文殊菩薩堂に倣って創建したもの。 (3)根本中堂 ・比叡山延暦寺の総本堂であり、国宝にも指定されている。 ・ご本尊は、秘仏薬師如来。その宝前には、根本中堂創建以来、 1200年もの間、一度も絶やすことなく守られてきた『不滅の法灯』がある。 (4)根本中堂内でのご講話を拝聴。(以下、概略) ・開山の目的 1200年前、伝教大師最澄は、二つの目的(願い)があり、この比叡山延暦寺を開きました。 ①日本国の安泰 ②国民の幸せ 当時の状況で説明しますと... この本堂からご本尊様の方向に向けての延長線上に、当時の都(京)がありました。 ①’当時でいえば、“天皇をお守りすること”...すなわち日本の国の安泰を願い ②’国宝を育てたい...つまり国の宝である“人”を育てたいという思い...ということです。 比叡山の教えの根本をなすものは、 『個々が思いやりの心をもって一隅を照らす人になる』 すなわち、一人ひとりが相手の立場に立って考え、自分の出来ることを精一杯行うことが、 回りがよくなっていくことにつながるということ。 特に大きなことをしようとする必要はなく、本当に身近なところで全力を尽くすこと。 学生であれば勉学等に励む、働いている方であれば、今のポジション・役割で全力を尽くしていく... ・ご本尊について 当根本中堂のご本尊は、お薬師様です。 そうです。いわゆる“薬の先生”です。 右の手で、礼拝者のわるいところ(願い)を調べ(受け止め)、 その結果にあわせて左の手の薬鉢で調合する。 “薬”というのは...皆様もご存知のように、“生きている方”にしか効きませんよね。 死んだ方には効きません。 そうなんです。 もうお分かりのこととは思いますが、このご本尊様は“現世利益”なんです。 だから、今現在の願いや思い...をお願いするのです。 正式なお参りの仕方もありますが少し難しいと思います。 皆様方は、手のひらを合わせてお参りしていただければそれで十分です。 “現世利益”ということを意識していただければと思います。 ・『不滅の法灯』 この比叡山延暦寺は、戦国武将、織田信長の“叡山攻め”によって一度焼失しています。 ...と、ここで疑問が生じませんか? “根本中堂創建以来、1200年もの間、一度も絶やすことなく守られてきた火”という点について... これはどうなったの?...と。 結論から申しますと、この焼き討ちの時に一度消えております。 では、なぜ、“1200年絶やすことのなかった...”と言っているのかと申しますと、 焼き討ちされるもっと以前に、実は、東北にある“山寺立石寺(やまでらりっしゃくじ)”というところに、 火を分け移されていたんですよね。 比叡山延暦寺が焼き討ちになり、そしてその後再建された時に、 山寺立石寺から比叡山延暦寺に、その火を移したんです。 だから、“火”が1200年続いているというのは本当なのです。 ご本尊様の前にぼんぼりがあります。 ぼんぼりをみるのではないのですよ。 あの“灯り”をみてほしいのです。 ・・・とお話はまだまだ続くが、 ふとここで...ボクが感じた...こと。 この灯り...たしかに薄暗い...われわれ一人ひとりの世間にともす明かり(影響力)はこんなものなのかもしれない。 しかし、これが国民一人ひとりの灯りが結集すれば、まばゆい光となり、それが国の活力となる。 一人ひとりの力を出し切ることの重要さ。 単に“生かされている”“生きている”のではなく、“生きていく”ことの重要性を諭された感がした。 “もののたとえ”として、ひしひしとボクの心に伝わってくるご講話だ。 ・・・さらに、お話は続く... この『不滅の法灯』、 数リットル入る大きなお椀?があり、その中になみなみと燃料である菜種油が入れられている。 そこに芯を立て、火がともされ、今もなお消えることなく灯し続けている。 この写真のように、毎日、鼻息等で火が消えないようにマスクをして、燃料である菜種油を並々とつぐ。 毎日、減った分だけ継ぎ足しているんです。 実際には、並々ついでいれば、数日間放って置いてももつので、火は消えません。 しかし、ある日、まだあるから...といって補充をしなかった...それが数日重なることになればどうなりますか? そうです。菜種油が尽きたときに火が消えることになります。 “油断”って字は、どう書きますか? そうです、「油を断つ」と書いて油断。 他にもいろいろと説がありますが、これも一説です。 そして、境内の、桧の木でできた柱についての話があり、当時、人間の力のみで運びこまれたと説明を受ける。 (比叡山は神聖な場所であるため、運搬に牛や馬を使うことができなかった。) その他、境内にある額について、彫り物について...由来等の説明を受ける。 お坊さんのご講話は...わかりやすい上に含蓄がある。 滞在時間の都合上、すべての講話を拝聴することができなかったのが残念だったが、 またの機会にその他の講話も拝聴したいと思った。 ご講話いただけたことを感謝して、巡拝を続ける。 このご講話をされたお坊さんは、昨年までの約2年間、大分県の国東半島にある、“両子寺(天台宗)”にいたという。 国東半島一帯も、天台宗のお寺が多い。 (先日ボクも訪れた同じく国東半島にある“富貴寺”も天台宗だよ。) ========================= 比叡山延暦寺を後にし、 琵琶湖湖畔にあるホテルに宿泊。 紅葉巡り一日目を終えた.........って、 どうみても“お寺巡り”じゃん...(笑) 歩いて...さらに歩いて... 『ちかっぱい、疲れたと...』←方言です(笑) |